• Umi Yamaguchi

Hi, I am ~初日に「クビだ」と言われた話~



「私」という人物を思い返した時、あるのは失敗と、それを許し続けた自分。

好きなものが分からなくなって、もがいて、また見つけて愛して。自ら手放しては、新しい何かを見つめる。

流行り廃りのように巡る道は今のところ、走れど走れどゴールは見えない。いつか道は途切れお花畑が現れるのか、はたまた新たな流行が道を作るのか。

これから話すのは、上京してすぐの出来事なんだけれど。



上京してすぐ、私はミュージックバーのアルバイトを探していた。実際に見て一番いいと思ったお店に直接言おうと、ひとり訪れては音楽を堪能した。


何軒めだったか、その店は90年代のソウルやファンクが流れていて、店内はブルーのネオンに包まれていた。棚には良質なお酒と、無数のレコードがびっしりと並べられている。おそらく常連であろうお姉さんが俯き、頭を揺らしていた。


「ここで働かせてください」


そうマスターに言ったのはカウンター越しの私であって、スクリーン越しの湯屋で働く少女ではない。この台詞を実用する日が来たという感動は置いておくとして。


とにかく役に立ちそうな経歴、想いを必死で語った。挑戦的な物言いだったと思う。するとマスターは、おもむろに店のロゴが入ったコースターを裏返し、「名前を書け」とペンを置いた。書き終わったコースターを渡すと、それをレジに入れ、代わりに紙幣を数枚取り出して渡してきた。


「毎週金曜日、21時から1時。これは1か月分の給料だから。お酒とかは覚えて帰って」


今までに感じたことのないような興奮で、ぞくぞくしたのを覚えている。給料を持ち逃げされる可能性だってあるのに。この紙には「信頼」という付随価値がついている。その重みは絶大だった。



そして迎えた最初の金曜日。

必死でお酒を作りつつ、それでもお喋りしながら音に揺れるひとときは、多幸感に溢れた。


日付をまたぐ頃、女性がひとり入店してきた。


「誰?この女」


その女性は私をまっすぐに見てそう言った。

え、と驚く私に目もくれず、マスターと何やら険悪なムードで話し始める。どうやらマスターの奥様のようだった。こじんまりとした店内で皆がその話を聞いていた。


「バイトなんて聞いてない」

「どうやって知り合ったのか」

「今すぐ辞めてもらえ」


居心地は最悪だった。これ見よがしに虐められているみたいで、平静を装うことに集中した。するとカウンターでひとり飲んでいた男性が話しかけてきた。


「あれ、君のことでしょ?話聞いてるけど全く悪くないと思うよ。こりゃお酒がすすまないね」


フォローを入れてくれたその男性は、聞くと同い年だという。気さくな男性だったこともあって少し気が安らぐ。あとちょっとで帰れるから、と話していると、奥様がこっちに向かってきた。目の前で仁王立ちしたかと思うと、


「クビです。辞めてください。給料あげるからもう帰ってください」


そう言い、私の肩を押した。そりゃあもう、我慢の限界だった。


「給料はもらいました。そちらの問題なので分かりませんが、お客さんの前で大喧嘩してるこんな店で働きたくないのでもう来ません。この男の人もお酒が不味いって言ってるし、お金払わなくていいですよね?」


濁流のように突いて出た言葉に、奥さんは鬼の形相と化していたけれど。


「帰るよ!美味しいお酒飲みに付き合って!」


同い年の彼は、いいよ、と言いながらクククッと笑っていた。


結局、その男性とはバーで朝まで飲み明かし、朝方のコンビニでカップラーメンを分け合った。互いが好きな音楽を流し、ほろ酔いの身体が秋風に吹かれる。すべてがこの瞬間のために起きたことだったんだと思った。爽快だった。



男性とはそれきり、もちろんあの店にも訪れていない。

でもこの思い出はきっと一生忘れることはなくて。失敗ではあるけれど、思い返せばいつもユーモアに彩られている。



躊躇する時、恐れる時、わたしはあの店を思い出す。今ある問題なんて全部どうにかできる気がしてくるから。

勇気ある行動は未来を変える。間違えていたとしても、その道を歩んだ時間は確かにそこにあって。失敗を繰り返して、じぶんを広げていく。


花は開花し枯れることをも恐れず、雨のなか、晴れのなか踊っている。私は、一生失敗し続ける人間でいたい。





umi








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