• kaoruko

夜明け



多分、まだ夜明け前だろう。

身体を刺すような冷たい空気が窓から入ってこなくなってからは、網戸にして寝ることが多くなった。夜明け前に目が覚めた時の、気怠いのにスッキリしたこの感じが好きだ。

まだ薄暗い色にうつる部屋の天井を暫くぼんやりと見つめていたら、ベランダの方からひゅうっと風が入ってきた。

ここからもう一度布団をかぶってしまうのはもったいないと思い、少し重い身体をよいしょ、と起こし網戸をあけてベランダに出る。すうーっと鼻から空気を吸いこみ、視線を空にうつす。

夜から明け方に向かっていく空に名前がついているのは良く知られているけれど、その順番まで知るのには、もう一歩それについて興味が必要だろう。

わたしは、その場で検索をかけて調べてみた。

暁(あかつき)

太陽は出ていなく、暗いが夜の暗さではない。明るくなり始めたころ。

東雲(しののめ)

少し日の出に近づく、東の空が明るくなり始めたころ。

曙(あけぼの)

夜が明け、日の出が始まるころ。



今は、少し明るい紺青のような空だ。まだ暁(あかつき)くらいだろうか。

半分起きて半分寝ている頭でそんなことを考えながら、外の景色を見ていた。

ふと、少し先にあるタワーマンションに視線がいく。

そして、突然、ぶわっと、昔のシーンがよみがえった。

確か小学生の頃。あの頃は当たり前のようにこれくらいの時間に起きていた。実家の居間の窓からは、大きい電波塔がみえた。

暁(あかつき)のころ、電波塔のてっぺんに少しずつ黒い点が増え始める。時間が進むにつれてその黒い点は塔の周りを囲うように集まっていく。

そして、それがカラスだとわかるのは東雲(しののめ)のころ、彼らが一斉に鳴き始めるからだ。

空がだんだん明るくなり、朝の準備が始まる曙(あけぼの)のころ、彼らは一斉にどこかへ飛んでいく。

おばあちゃんが隣の台所で朝ごはんを作る音を聞きながら、わたしは居間の畳の上であぐらをかき、彼らを眺めるのが好きだった。カラスが集まってきたころにおばあちゃんに集まってきたよ、と報告する。確かこんなことをしていた気がする。



あのカラスが沢山とまる電波塔のかわりに今目の前に見えるのは、オレンジ色の電気がちらほらと点いているタワーマンション。ほとんど電気がついてないということは、夜明け前でまだ皆が眠っているからだろう。

新しい1日とまだ終わらない昨日の丁度間に存在する、夜でもなく朝でもない時間。

夢の中に現実の自分がいるような感覚になれる時間。 

日の光が眩しくなるにつれて、私の身体は本当の現実に連れていかれ、少し名残り惜しくなる。確かに起きているのに、夢から覚めたくない。まだここに残っていたいと思ってしまう。

あの頃の私はカラスが飛んでいくのを見終えてから、朝の準備を始めていた。彼らに促されるように、1日をおくる為の大きな深呼吸と、「よしっ」という気持ちと、足を持ち上げる力を入れた。




ベランダから入ってくる、まだ誰も吸っていないような新鮮な空気をもう一度感じる。今日はいつもより特別な朝だった気がする。

普段はだらだらとしている朝の準備を、丁寧に始めてみよう。さっき窓から入ってきた風は、きっとそのために私のことを起こしてくれたのだ。

夜明けが近づくにつれて、少しずつタワーマンションにオレンジ色の光が増えてゆく。あの時、塔のまわりに集まってきたカラスのように、ひとつひとつ、増えてゆき、それぞれの1日が始まる。

時計は見ていない。今はきっと曙くらいだろう。

わたしの故郷では、カラスが飛び始める頃だ。

kaoruko

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